日経平均株価は一時、終値で7万2,800円台の史上最高値を記録しました。
ついに「日経平均7万円時代」に入った――。
そんな声が広がった直後、株価は6万7,000円台まで下落。高値から約7%調整しています。
では、あの7万円台はバブルの大天井だったのでしょうか。
それとも、長期的な上昇相場の中で起きる、よくある調整にすぎないのでしょうか。
今回は、山下浩さんの著書『伝説のファンドマネジャーが見た 日本株式投資100年史』を参考に、過去の大天井に共通していた3つのサインから、現在の日本株を考えていきます。
先に私なりの結論を述べると、3つのサインのうち、現時点で明確に点灯しているように見えるのは1つだけです。
少なくとも今の日本株は、1989年のバブル末期と同じ状態ではないと考えています。
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日経平均7万円は「日本株全体の上昇」ではなかった
まず確認しておきたいのが、日経平均が6万円台から7万円台へ上昇したとき、その株高を何が支えていたのかという点です。
この上昇幅の約9割を、わずか10銘柄が生み出していました。
一方、同じ期間の東証上場銘柄を見ると、半数近くの銘柄はむしろ下落していました。
つまり、日経平均7万円は、日本企業全体が一斉に上昇した結果ではありません。
一部の値がさ株、特にAI・半導体関連銘柄への資金集中によって作られた株高だったのです。
その偏りを示す指標の一つが「NT倍率」です。
NT倍率は、日経平均株価をTOPIXで割った数値です。
日経平均への影響が大きい値がさ株やハイテク株が強いと上昇し、市場全体へ幅広く買いが広がると低下する傾向があります。
いわば、現在の株高が「一握りの銘柄によるものなのか」「市場全体の上昇なのか」を測る体温計のような指標です。
現在のNT倍率は17倍前後。
1970年代以降の長期平均は12倍台とされているため、歴史的に見てもかなり高い水準です。
この数字からも、現在の日本株が市場全体の上昇ではなく、一部銘柄への極端な集中によって押し上げられていることが分かります。
『日本株式投資100年史』とは
今回参考にしたのは、『伝説のファンドマネジャーが見た 日本株式投資100年史』です。
著者の山下浩さんは、1960年に証券業界へ入り、その後フィデリティで長くファンドマネジャーを務めた人物です。
本書には、著者自身の経験だけではなく、証券市場を知る多くの年長者から聞き取った、日本株100年分の記録が残されています。
株式市場では、新しい金融商品や新しいテーマが次々と登場します。
しかし、人間の熱狂や恐怖、株価上昇を正当化する理屈は、100年前から大きく変わっていません。
この本の面白さは、過去の相場を単なる昔話ではなく、現在の市場を測る「物差し」として使えるところにあります。
日米で過去3回起きた「スーパーサイクル」
本書では、日本とアメリカで過去に3回、株価の「スーパーサイクル」と呼べる巨大な上昇相場があったと考えています。
その3つは、次の大天井です。
- 1920年前後の日本株
- 1929年のアメリカ株
- 1989年の日本株
これらに共通していたのが、大天井をつけた後の極端な下落です。
戦前の日本株は、1920年の天井から底まで約80%下落。
アメリカ株は、1929年の大天井から世界恐慌を通じて約90%下落。
戦後の日本株も、1989年末の高値から2003年の底まで約80%下落しました。
まさに「山高ければ谷深し」です。
山が高ければ高いほど、その後に待っている谷も深くなる。
100年の相場史を見ても、永遠に上がり続けた市場はありません。
一方で、本書では約10年単位の短いサイクルについても触れられています。
通常の景気循環や金融サイクルに伴う下落は30%前後。
しかし、スーパーサイクルが終わるときには80%前後の下落が起きる。
相場には、比較的浅い谷と、数十年に一度の深い谷が存在するというわけです。
では、現在の日本株はスーパーサイクルの最終局面にいるのでしょうか。
それを考えるうえで、過去の大天井に共通した3つのサインが参考になります。
大天井のサイン1:政策による強い追い風
1つ目は、財政政策や金融政策による強烈な追い風です。
1989年バブルの起点の一つになったのが、1985年のプラザ合意でした。
ドル高を是正するための協調介入によって急速に円高が進み、日本政府は円高不況を避けるため、積極的な財政政策と金融緩和を進めました。
低金利によって市場へ大量の資金が供給され、その資金が株式や不動産へ流れ込みます。
東証一部の時価総額は、1980年の約73兆円から、1985年には約182兆円、1989年には約590兆円まで膨張しました。
現在の日本にも、政策の追い風はあります。
政府は積極的な財政政策を掲げ、成長分野や戦略分野への大規模投資を進めようとしています。
日本銀行は利上げを進めているものの、名目金利から物価上昇率を差し引いた実質金利は、依然として低い状態です。
現金の実質的な価値が目減りしやすい環境では、資金は株式や不動産などの資産へ向かいやすくなります。
したがって、「政策による追い風」という1つ目のサインは、現在も点灯しているように見えます。
ただし、政策の追い風があること自体は悪いことではありません。
このサインがあるだけで、直ちにバブルの天井だと判断することはできません。
問題は、残り2つのサインまで点灯するかどうかです。
大天井のサイン2:株価を測る「物差し」の差し替え
2つ目は、株価を評価する物差しが差し替えられることです。
1960年代から1970年代以前の日本では、配当利回りなどが株価評価の中心でした。
その後、外国人投資家が日本市場へ参入し、PERやPBRといった指標が広く使われるようになります。
PERという新しい物差しが普及すると、日本株の評価水準は次第に切り上がっていきました。
市場全体のPERは、1970年代の約10倍から、1980年には約22倍、1985年には約33倍へ上昇。
そして1989年のバブル最終局面には、東証一部全体のPERが60~70倍に達しました。
一部の成長株ではなく、市場全体が極端に高く評価されていたのです。
そこまで株価が上昇すると、従来のPERでは割高な株価を説明できなくなります。
すると市場では、新しい物差しを使って株価を正当化する動きが始まりました。
その代表例が「Qレシオ」です。
当時は土地価格が上昇し続けるという「土地神話」がありました。
企業が保有する土地の含み益まで考慮すれば、日本企業の株価はまだ割高ではない。
そのような理屈によって、異常に高い株価が正当化されていったのです。
バブル末期には、従来の指標で説明できない株価を、新しい理屈や新しい指標で説明しようとする動きが現れます。
この観点から現在を見ると、日経平均のPERは22倍前後です。
一部のAI・半導体関連株には割高感があるものの、日本市場全体がPER60~70倍に達しているわけではありません。
少なくとも現時点では、従来の指標を捨て、まったく新しい物差しを持ち出さなければ株価を説明できない状態にはなっていません。
したがって、2つ目のサインはまだ点灯していないと考えます。
大天井のサイン3:外国人投資家の売り抜け
3つ目は、外国人投資家が天井の手前で売り抜けることです。
1989年当時、日本株の主な保有者は事業法人と金融機関でした。
株式持ち合いによって、両者を合わせた保有比率は約7割。
個人投資家が約2割を保有し、外国人投資家は4.2%程度の脇役でした。
しかし、外国人投資家の保有比率は、1983年には8.8%まで上昇していました。
それがバブルのピークである1989年末には、ほぼ半分まで低下していたのです。
つまり、外国人投資家は日本中が株高に熱狂する前から、数年かけて静かに日本株を売却していました。
現在の外国人投資家の動きはどうでしょうか。
日経平均が最高値をつけた時期には、外国人投資家は現物株を1兆円以上買い越していました。
その翌週には一転して約1兆2,000億円の売り越しとなり、その後は再び小幅な買い越しへ戻っています。
現状では、買いと売りが交互に出ており、明確な方向感はありません。
1983年から1989年まで何年もかけて保有比率を減らした当時の構造的な撤退とは、まだ状況が異なります。
したがって、3つ目のサインも現時点では本格的に点灯していないと考えます。
ただし、今後も外国人投資家の売買動向は重要な監視項目です。
一時的な売り越しが、長期的な撤退の始まりへ変わる可能性は否定できません。
現在は「1989年型バブル」とは違う
3つのサインを整理すると、次のようになります。
- 政策による追い風:点灯
- 物差しの差し替え:未点灯
- 外国人投資家の売り抜け:未点灯
現在の日本株には、政策と金融環境による追い風があります。
しかし、従来の指標では説明できないほど市場全体が高騰しているわけではありません。
外国人投資家が何年もかけて日本株から撤退している状況も、今のところ確認できません。
AI・半導体関連企業の利益予想も実際に増加しており、株価上昇には一定の業績的な裏付けがあります。
もちろん、一部の銘柄への集中は異常なほど進んでいます。
しかし、この偏りは「バブルが市場全体へ広がった証拠」ではなく、「まだ熱狂が一部の銘柄にとどまっている証拠」と見ることもできます。
1989年には、一部の銘柄ではなく、市場全体がPER60~70倍まで買われました。
割高な株価を正当化するための理屈が次々と登場し、銘柄を問わず無差別に資金が流れ込みました。
現在の日本株は、まだそこまでの状況ではありません。
それでも「今回は違う」には注意したい
現時点では1989年型のバブル末期ではない。
そう考えられる一方で、油断できない言葉があります。
それが「今回は違う」です。
今回は業績が伴っている。
AIは本物だから過去のバブルとは違う。
日本企業は変わったため、従来の評価では測れない。
こうした言葉は、歴史上の大天井付近で繰り返されてきました。
実際に今回は違う部分もあるでしょう。
しかし、「今回は違う」という言葉だけで、どこまでも高い株価を正当化するようになったときには注意が必要です。
大切なのは、今すぐバブルだと決めつけることではありません。
過去の大天井と似たサインが、今後一つずつ増えていかないかを確認し続けることです。
セクターローテーションは健全か、バブル拡大の入口か
現在、一部のAI・半導体株から、銀行、証券、鉄鋼、海運などの出遅れ業種へ資金が移る動きが見られます。
これはセクターローテーションと呼ばれる動きです。
今後、割安だった業種が業績の改善を伴って買われていくのであれば、株高の裾野が健全に広がっていると考えられます。
一方で、業績や企業価値を無視し、理由を後付けしながらあらゆる銘柄が買われ始めた場合は注意が必要です。
それは1989年に見られた、市場全体のバブル的な膨張に近づくサインかもしれません。
現在のセクターローテーションが、景気循環に伴う健全な資金移動なのか。
それとも、熱狂が市場全体へ広がるバブルの入口なのか。
今後の日本株を見るうえで、大きな分岐点になります。
暴落を予想して早く売ることの危険性
過去の大天井を学ぶと、「暴落する前にすべて売った方がいいのではないか」と考えたくなります。
しかし、相場の方向を当てることと、その時期を当てることは別問題です。
本書では、岩本栄之助のエピソードが紹介されています。
岩本栄之助は、現在の大阪市中央公会堂の建設資金を寄付したことでも知られる相場師です。
彼は相場の下落を予想して売り向かいました。
最終的に相場は予想どおり下落しましたが、下落が始まる時期がわずかに遅く、その前に資金が尽きてしまいました。
あと2カ月ほど耐えられていれば、大きな利益を得られた可能性があったといわれます。
方向が合っていても、タイミングが少しずれれば負ける。
暴落を当てにいくことの難しさを象徴する話です。
日本株の暴落は外から突然やってくる
本書では、日本株は海外からのショックに弱いとも指摘されています。
スターリン暴落、ケネディショック、ニクソンショック、オイルショック、リーマンショック。
日本株の大きな下落は、しばしば海外から突然やってきました。
次の暴落を引き起こす原因が何になるのか、事前に正確に予想することは困難です。
原因だけでなく、その時期まで当て続けるのは、プロの投資家でも至難の業です。
だからこそ私は、相場の天井を当てようとはせず、インデックス投資を淡々と積み立てていきます。
ただし、暴落が起こる可能性については、常に覚悟しておく必要があります。
10年に一度は30%程度、場合によっては40~50%の下落が起きるかもしれません。
人生のどこかで、80%級の下落に直面する可能性もゼロではありません。
その可能性をあらかじめ知っていれば、暴落が起きたときに恐怖で投げ売りし、安値で市場から退場することを防ぎやすくなります。
今後チェックしたい3つの変化
今後、日本株を見るときは、次の変化をチェックしていきたいと思います。
1.新しい物差しで割高な株価を正当化し始めていないか
PERやPBRでは説明できないため、「新しい評価方法なら割安だ」という理屈が広がり始めた場合は注意が必要です。
2.外国人投資家が構造的な売り越しへ転じていないか
数週間の売買ではなく、数年かけて保有比率を減らすような動きが出ていないかを確認します。
3.業績を無視した無差別な株高へ変わっていないか
一部の成長株だけでなく、出遅れ銘柄まで理由をこじつけて買われ始めた場合、市場全体のバブルへ近づいている可能性があります。
これは暴落を予言するための指標ではありません。
大天井に近づいている可能性を判断するための、チェックリストです。
目先の値動きではなく、相場の大勢を見る
最後に、本書で紹介されていた本間宗久の言葉が印象に残りました。
「往来相場には手を出すな」
目先の小さな値動きに一喜一憂せず、相場の大きな流れを見るべきだという意味です。
昨日は上がった。
今日は下がった。
外国人が今週は買った。
翌週は売った。
こうした短期的なニュースに反応し続けるよりも、相場全体がどの方向へ向かっているのかを見極めることの方が重要です。
日本株100年の歴史を振り返ると、本当のバブルとは、一部の銘柄が高いだけの状態ではありませんでした。
市場全体が異常な評価まで買われ、従来の指標では説明できなくなり、新しい理屈で株価を正当化し、先に買っていた投資家が静かに売り抜ける。
スーパーサイクルの末期には、そうした複数の症状が同時に現れていました。
現在の日本株には、一部銘柄への極端な集中や政策の追い風があります。
しかし、少なくとも現時点では、1989年型のバブル末期に見られた3つの条件がすべてそろっているわけではありません。
日経平均7万円という数字だけを見て、天井だと決めつける必要はないでしょう。
一方で、「今回は違う」と油断するのも危険です。
目先の値動きに振り回されず、過去の大天井で起きた変化を監視しながら、長期的な投資を続けていく。
それが、100年の相場史から学べる重要な教訓だと思います。
今回紹介した書籍
『伝説のファンドマネジャーが見た 日本株式投資100年史』
著者:山下浩
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本書はすでに刊行から数年が経過していますが、テーマは日本株の100年史です。
そのため、現在読んでも古さを感じにくく、過去の相場で何が起きていたのかを、具体的な企業や投資家のエピソードとともに学べます。
現在の日本株を短期的なニュースだけでなく、長期的な歴史の中で捉えたい方におすすめの一冊です。
※本記事は特定の金融商品や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。

